小人閑居

世の中に貢献もせず害もなさず、常に出力50%。

日向の匂い

猫がいない。2階の窓が開いていた。

「だって、ベランダには高い壁があるから大丈夫でしょ? 家の中のどこかにいるんじゃないの?」とKは言うが、猫にとって1メートルそこそこの壁なんてお茶の子さいさいだよ。

Kは急いで探しに行こうと焦っていた。いやいや、大丈夫だよ、探しになんて行く必要はないよ。2階の窓から外を見ながら、大きな声で猫の名前を呼んだ。

2階の屋根の上では子猫が親猫にいたずらをして、親猫はしっぽや猫パンチで軽くあしらっていた。お向かいの家の庭には柿の木があり、子供たちとたくさんの猫が柿を取ろうと枝を投げたり、枝に飛びついたりしている。

その向こうの草むらが一瞬揺れたと思ったら、そこから猫が飛び出してきてまっしぐらに家に向かってきた。そのままの勢いで家の壁に飛びついてきた。

「あ、落ちるよ」とKは壁の隙間から手を伸ばして猫を受け止めようとした。猫は急に出てきた手に驚いて壁を蹴って体の向きを180度変えた。両手両足を開き、しっぽも伸ばし、空中浮揚をしてふわりと向きを変えた。一瞬空中で静止する優雅な動きなのに、伸ばされた手足の指は大きく広がっていて猫の必死さが見えて、Kと二人で大笑いした。そんな二人を猫は柿の木の陰からじっと見ている。ああ、ごめんごめん、と猫の名前を再度呼ぶ。

猫が走ってくる。壁に飛びつきスルスルと壁を上り。そして壁の内側に爪をかけ。壁の内側の一部がはがれていたが、いつも同じ場所に爪をかけている様子。最後は力業で体を持ち上げて壁の上に体を持ち上げ、わたしの足元に飛び降りてきた。手を伸ばしてくるのでだっこをした。ほっそりと長い体、長い尻尾、弾力のある耳、手のひらに収まる丸い小さな頭。つやつやの毛は撫でるとつるつるとしていた。体はぽかぽかに暖かい。遠くから必死で走ってきただけではなく、いい匂いもしている。乾いた草、日差しの匂い。どこに行ってたのかな。

「たくさん遊んだんだよ」と猫が言った。