小人閑居

世の中に貢献もせず害もなさず、常に出力50%。

小鳥の歌を聴く

年末年始は温泉の部屋に行っていた。

温泉の部屋の北側の窓は森に面している。広大かつ手入れが行き届いた小鳥が鳴く明るい森は、欧州の森を思い起こさせる。朝日が昇り明るくなっていくと小鳥たちが鳴きだす。dawn chorusと風呂場であふれ続ける温泉の水音を暖かい寝床の中で聞きながら、怠惰な朝を過ごしていた。

うとうとしながら、森の家や石の家で聞いたdawn chorusを思い出していた。

あの国で初めて迎えた春、森の家で明け方のdawn chorusで何度もたたき起こされた。陽が昇りだした瞬間に大音量で鳥たちの鳴き声が空気を物理的に震わせる。あんな小さなものたちが、こんな大音量を自然界に作り出すのか。自分の夢も聞こえない。

「焼き鳥にしてやる」と布団の中で怨嗟をつぶやいたりもしていた。

しかし、刺激に人間は斯くも馴化してしまう。

石の家に移り住んだころにはすっかり慣れてしまい、明け方の子守歌くらいになっていた。それでも、明け方に目が覚めてしまうと、石の家の裏の森に入りベンチに座ってdawn chorusを聞いていた。降るような鳥たちの声。時々キツツキが木をつつくドリル音。羊の声。触れたら手を切ってしまいそうなガラスのような夜明けの青い空気。静かだけど、騒がしい早朝の風景。

静かで耳を澄まさないと聞き逃してしまう温泉の部屋の小鳥たちの夜明けの歌を聞きながら、そんな風に懐かしんでいるけれど、実際にあの家に戻ってdawn chorusを聞いたら、やっぱり「焼き鳥にしてやる」がわたしの感想なんだろう。