小人閑居

世の中に貢献もせず害もなさず、常に出力50%。

初夏を見つける。

ここしばらく気温が上がってきたのを感じる。空気が重くて体にまつわりつき始めている。ああ、夏が来るのだなあ、と五月の曇り空のように気持ちが重く灰色になる。

わたしが住んでいたあの谷には今頃初夏が訪れていて、野ばらが生垣に花を揺らし、子羊が新緑の草原を駆け抜け、小鳥達が巣立ちの唄を謳い、スミレが咲き乱れ、泉からは冬のあいだに蓄えた透明な冷たい水が湧き上がり…。

思い出すという作業はすべてのものを美しくする作用があるらしい。美しい初夏の裏側では、ナメクジの大量発生や、のびはじめた生垣や芝の刈り込み、森の小路の整備、侵略してくる石楠花の殲滅、などなど、美しくない部分も多かったはず。

それでも美しいこと好ましいことの記憶をわたしはたどり続けてみる。

ずいぶん昔、イングランドに住んでいたときはアスパラガス農家が近くにあった。アスパラガス1kgが500円くらいで買えた。極細を茹でてバターにつけただけで手掴みで食べたり、極太にセラノハムを巻きタイムとオリーブオイルでローストして食べたり。5月はとにかくアスパラガスを気が遠くなるまで食べた。

あの家から引っ越してからはほとんどアスパラガスを食べることはなくなった。

昨日、ちょっとした気まぐれで入った高級スーパーマーケットで生の白いアスパラガスを見つけた。

都会に初夏がないとはいわない。空気の重さや新緑の色や日差しが強くなっていく様子や薄くなっていく女性の服装で季節は感じることができる。それでも一年中店先に並んでいるミズナや大根やトマトと違って、今が初夏だと主張する野菜は魅力的だ。たけのこ、うど、新じゃが…そして、白いアスパラガス。

魅力的ではないお値段を見なかったことにして買った。一緒にライ麦パンも。

今夜は茹でた白いアスパラガスとホランデーズソース、ライ麦パン、そして良く冷えた白いドイツワインで初夏をお祝いしようかな。



<蛇足>生のアスパラガスってうんこのにおいがするといつも思います。