小人閑居

世の中に貢献もせず害もなさず、常に出力50%。

おかめ脱走

午後に暑かったので玄関を少し開けていました。おかめが出れないくらいの大きさにあけていたつもりなのですが、いつもよりも少し大きく開けていたようです。

17時半ごろにはおかめはKのとなりで寝ていたのですが、17時45分ごろには見当たらず、外に出てしまったようでした。18時20分ごろ、駐車場をうろうろしているのを発見。しかしとなりの車庫に入ってしまいました。Kが車庫内に入っておやつをちらつかせたりしても車の下に入ってしまって駄目。鳴き声からパニックを起こしているらしいことがわかります。

しばらく車庫の外で待っていて、落ち着いたらしいところでKがもう一回おやつで釣って捕獲。

ほっとしました。

わたしの飼い主としての完全な落ち度でした。

もう二度とあえないかもしれない、と思ったのですが、おかめが帰ってきてくれてよかった。Kが落ち着いて捕獲をしてくれてよかった。わたしだったらあせってしまって余計に悪い事態になっていただろうと思います。

おかめは床に寝そべって本を読んでいるKとブログを書いているわたしのあいだに挟まって隙間倶楽部の部活をしながらまったりしています。

昨日までは当たり前のように思っていた三人(ふたりと一匹)の団欒がものすごく大切でありがたいと感じる今日の夕暮れ。





追記12/6/09
おかめがいなくなったのは二回目です。一回目は海のそばの家に住んでいた時でした。そのときは5日後に自力で家の前まで帰ってきていました。

そのときも、今回も、おかめが帰ってくるたびに思い出す詩があります。確か中学か高校の国語の教科書に載っていたような…。うろ覚えなのですが、猫があるときいなくなってあるとき突然帰ってきて。その間猫がどこにいたのかわからなくて、猫の体を探ってそのいなかったときの記憶を見つけようとするんだけれど。猫の体を探っても探ってもその記憶は見つからない。というような内容でした。その詩を読みたくて探しているのですが見つかりません。

この詩をご存知の方がいらっしゃったらお教えいただけると幸いです。