青いパンサーと体育館と白い棒
その男は、わたしの探しているものがある場所を知っているといった。
わたしはもうずいぶんと長くあちらこちらを歩き回っていた。晴れた日に穏やかな海の上を横切るどこまでも続く橋を自転車で渡った。人気のないマーケットの残飯の匂いの漂うバックヤードを通り抜けた。ごみごみしたバラックの立つ町の一角から黒い煙を吐きながら走るバスに乗った。
そうして雑草が枯れかけているこの空き地にぼんやりとたたずんでいた。ここからどこに行こうか、と考えた。探し物がどこにあるのかはわからないのだからどこに向けて歩いていっても見つかる確立はこの時点では同じはず、となんだかよくわからない納得をして一歩歩き出したときだった。
その男が背後から、あなたの探しているものがある場所を知っていますよと声をかけてきたのだ。
男は白い安っぽい棒をわたしに渡した。そしてわたしがついていくのは当然であるというような感じでさっさと歩き出した。不思議なことに男の顔も着ている洋服も覚えることができない。
空き地の向こうに見えているトタンで作られたと思しき建物に男は向かっていった。空はよく晴れていて日差しが明るくて風はゆるやかに吹いている。荒れた空き地も汚らしい建物も明るい日差しの下ではあっけらかんとしていて、確かに人生はそんなもんだよと言っている。
建物は古い体育館だった。中は外に比べるとびっくりするほどきれいで、木の床や壁は差し込んでくる光を静かに反射していた。
男が壁の一部を触るとそこが倒れこんできて地上1mほどの高さに高飛び込みの台のように壁から張り出した。その上に乗れと男は言う。その上に乗ると男はどこかにいってしまった。わたしは静かで明るい体育館の中の変な台の上でじっと待っていた。ここがわたしの探していたものだろうか。
そう思っていたら、おもむろに壁の一部が開いたと思ったらそこから青いパンサーが飛び出してきた。わたしの真下に来て前足を伸ばしてくる。白い安っぽい棒に前足を伸ばしてくるので猫をじゃらすように棒を動かしてみた。
そうじゃない、その棒でパンサーをなでるんだ。
そういわれて、そんなものかとパンサーを棒でなでてみた。そうしたらパンサーはおとなしくじっと座り喉を鳴らし始めた。そうしてパンサーをなでていたら、突然パンサーがわたしに飛びついてきた。パンサーに組み敷かれてわたしは体育館の床に落ちた。
パンサーの生暖かい息を首筋に感じながら必死で白い棒でパンサーをなで続けた。パンサーは動かない。わたしの上にいるパンサーはなぜかものすごく軽い。軽々と動く動物だから体重も軽いのかと思いつつ目を開けた。
青い縞のパンサーはフェルト生地でできており、目は青い糸で刺繍されていた。刺繍された目をじっと覗き込みながらわたしはパンサーをなで続けた。はじめは棒で、それから自分の手で。
手でパンサーをなでると暖かくやわらかく心が安らいだ。高い窓から落ちてくる暖かな日向の中でいつまでもパンサーをなでていた。手のひらに命を感じながら。