小人閑居

世の中に貢献もせず害もなさず、常に出力50%。

大人の階段

幼稚園の卒業謝恩会でのこと。幼稚園だから、謝恩会とは言わずにお楽しみ会とかそういう呼び方をしていたと思うけど。

先生にお礼の一言を一人ずつ言い、その時に将来なりたいものも言う、というイベントがあった。みんな、「電車の運転手」「看護婦さん」「総理大臣」「おかあさん」などなど、言っていた。

わたしは特になりたいものはなくて、というか考えていなくて、どうしたものかな、と思っていた。適当に言えばいいのだろうし、どうせここで何を言ってもそれに縛られるわけではなし、など、かわいらしくないことを考えていた。

そして、自分の番が回ってきたときに、「先生みたいなやさしい幼稚園の先生になりたいです」と答えてしまった。先生は「あらうれしい」みたいなことを言って、参加の保護者達からも「あらあらうふふ」みたいな笑いが漏れた。

ものすごく、嫌な気持ちになった。その時ははっきりと意識できなかったけれど、今ならごまをすったことがよくわかる。

自分に対して圧倒的な権力を持つ人にごまをすって自己嫌悪したあの日、大人の階段の一段目を登ったのかもしれない。

その日の夜、一人で布団の中で、じゃあ何になりたいんだろう、と自問自答した。そして、「アイドルになりたい!」という結論に落ち着いた。明日の朝一番でみんなに言おう、幼稚園の先生じゃないって言おう、と思いつつ眠った。幼稚園生なので寝る前に酒を飲んだわけでもなかろうに、どうしようもなく浮かれた結論にたどり着いていた。

そして、翌朝。

いやいや、なにバカなこと言ってるんだよ。アイドルになりたいとか、ばかげてるだろ、と朝の光の中でセルフ突込みをしていた。

その朝、もう一段大人の階段を上ったのかもしれない。

そんな、あいまいな記憶。