小人閑居

世の中に貢献もせず害もなさず、常に出力50%。

たとえすっぱいワインでも。

そのときはまだ付き合ってるとかそんなのではなくて、なんだかとりあえず一緒にいたような気がする。それでその日はKの誕生日で。だから、わたしはおいしいワインを飲もうと思って一本買った。彼女が赤ワインが好きかどうかは知らなかった。たぶんアルコールならメチル以外はなんでも、って感じだろう、という失礼なことを考えていたかもしれない。

それからいろいろあって、わたしたちは一緒にいることにして。今では一緒に過ごせる今日が明日につながっていくという確信がある。

でも、あのころはそんな確信はまったくなかった。あのときの触れるものすべてが思い出にものすごい勢いで変わっていく、なにもかもが過去にしかならない後ろ向きに流れるエネルギーはいったいなんだったのだろう。

わたしが自分の国に帰ったあとに、Kはわたしが彼女の誕生日に買ったのと同じワインを見つけて買ったそうだ。そして、そのワインが象徴する過去にしかつながらない二人の関係を思って、ワインは2つの夏を彼女の部屋で越した。

そのワインを今年の初めに二人で開けることにした。かつて一緒にいたという象徴はもう必要ないからね、と二人で言いながら。そのワインにまつわる思い出をぼちぼちと話しながらコルクを抜いてグラスに少し注ぐ。

色が、明らかに、おかしい。

「ねえ、この部屋ってさ、夏はどのくらいの温度になるの?」
「まあ、それは気温なりに…」

グラスを回しながら匂いを確かめると、なんともいえない匂いがしている。

「ei、飲むのやめなよ。これ、飲めないよ」
「それはわかってるって。でもでもせっかくだから、ひとくち飲むよ」

といいつつ、なかなかグラスを傾けきれない。それでもひとくち飲んだ。Kの想いのこもったワインをひとくちも飲まずに捨ててしまうことはできなかったから。

すっぱいならともかく、えげつないくらいなんともいえない渋みだけが凝縮されたものすごい味がした。その味はわたしの言語能力をはるかに凌駕している。要するに最高にまずい。それはそれでなかなかいい経験だったのではないかといまなら思える。

やっぱりワインの保存はセラーがないと無理だという話。買ってきたワインはなるべくすぐに飲みましょう。



この事態を予測していたので、その日の夕方にもう一本ワインを仕入れてありました。そちらを飲みながら正月の夜は更けていったのでした。