個人的なアクションを
6月、わたしの職場でワクチンの先行接種を行っていた。その際、もし当日のキャンセルが出たら、ワクチンを無駄にしないために職員の同居家族を登録してほしい、とのお願いがあった。「婚姻関係」という法的関係になくともよいのか上司に確認すると、「同居」しているのであればよい、とのこと。
その際に上司から「キャンセルはいつあるかわからないし、その日の12時半にキャンセルが分かるから、13時までに連絡します。ワクチンの保管期限もあるので、その日の15:30までに来てもらわないといけないから、がっちり仕事をしている人は無理かもね」とも言われた。定職についてなくて昼間はぶらぶらと暇にしている人しか来れないよね、と。
そこでKを登録させてもらった。うん、問題はわたしのパートナーが定職についてないと思われることだな。定職についてますよ、わたしより稼いでますよ。ぶらぶら暇でもないですよ~。と、声を大にして言いたかったが、ふふ、とあいまいに笑いながら登録用紙を提出した。
その時は、残念ながらキャンセルが出なくてKはワクチンが打てなかった。
そして、今回。職員の同居家族に再度ワクチン接種が可能となった。
そのことをアナウンスする際に上司が
「同居家族にワクチン打てるようになりました。結婚してても、してなくても、パートナーでも、L…なんだっけ??忘れちゃった、ごめん、でも、いいから、ガンガン登録して」
と。ああ、LGBTQって言いたかったんだろうな~。
別にカミングアウトしたわけでもなんでもない。ただ、わたしの大切な同居しているパートナーを登録し、たまたまKの名前が女性であるとわかる名前だっただけだ。そのことについて上司からわたしに直接何らかの働きかけはなかった。でも、わたしのアクションを見て、とりあえず組織としてある方向性の動きを作ってくれた。
ずいぶん前に、カミングアウトは秘密の共有をする人が増えるだけだから、わたしはカミングアウトはしない、と書いた。その代わり、Openly gayであろうとしている。つまり、日常的に自分のパートナーが同性であることを隠さないようにしている。会話の中で「彼女は」などの代名詞が出ることで周囲にはなんとなくわかるだろうし。それに周囲がなんらかのアクションを起こせばそれはそれ、なければそれはそれ。性善説を信じていこう。
さて、わたしは今後も、Openly gayであるというとても個人的なアクションを続けていこうと思う。それがなにかに多様性をもたらす影響を与えることができるのであれば、うれしい。そして、根本的に社会学者であるわたしは、わたしの行動でカオスやリミナリティーがもたらされれば、幸せ(結構迷惑かけるやつ)。
Kは別ルートでワクチンが打てました。
コロナ禍の中でも、自分らしく幸せであれますように。